5/30
母が植物状態になるかもしれないらしいって、今父親から電話が来た。
みーんな散り散りになるらしい。父は全部忘れるために一人で海外に行くよって言ってた、兄弟もどっかへ。好きな人は京都行くって。私はどこへ?
心の故郷みたいなのは物質として永遠に存在し続けたりはしてくれないのね。寂しいもんだな。墓石は死んだ人のためじゃなくて参りに行く人のためにあるのね。その重量や重々しさを人の存在に見立てるのね。私は生まれた土地の原っぱと、コンクリートと、砂利道を一生忘れずに過ごすのかもな。
これから先、私は本当の一人になるらしい。実家も無くなって、さぁどうしよう。共に生きる恋人もおらず。もしかしたら新しく生きることになるのかなぁ?なんだか不思議な感覚になる。
今まで親がしてくれたこと、今になってしっかりと血肉になって感じられる。生きていく。
私も父親に負けないように一人の人として、そして強い作家になる。
5/26 家
一年という時間が重くのしかかってくるな。私は自分の足の爪に塗ってあるオレンジ色を見つめることしかできなかったり。
実家に一年ちょいぶりに帰って、ここは慣れた家で、見慣れていて、でもなんかここでのしきたりとかちょっと忘れてて、前がどんなだったかも忘れてるから、何が変わったかも分からなくて、今はいない愛犬の小屋のスペースと、声の変わった痩せた母親。
実家に帰ったとて、かつてのようにもてなされることはこれから先もないと実感して、私があと3日間料理をするんだなぁと感じられて。動けない母親と、ギリギリ食を保っている父親と、能天気な兄。先がないって、こんなにも思わされる。今まで、どれだけ尊い時間を過ごさせて貰っていたか。
もう2度と、あんなにお腹いっぱいになるほど野菜や肉や果物でもてなされることはなくて、もう2度と布団や新しく用意された服で迎えられることはなくて、もう2度とハツラツとした母の笑顔も声も聞けることはなくて、もう2度と一緒に晴れた日の外を歩くこともなくて。
地球最後の日、何食べたい?ってよく聞かれるけど、やっぱり私はお母さんが作ったロールキャベツって答えるね。
あなたに
心に歳はないというのに、どうして見た目や肉体はこうも変化していくのか。
私の魂は「この命に終わりなどない」と言いながら今も生きているというのに、肉体は日に日にその有限さを私たちに知らしめる。
私たち二人の歳の差は、互いの別れがいつか必ず来るということを、どうしてこんなにも悲しく伝えてくるのだろう。
手を繋ぎたい
歳とか無い、精神だけの世界に行けたらいいのにって思う。人は肉体があるせいで、その経年の差を埋めることはできなくて。いつか植物のように枯れてしまうことからは逃げられない。。どんなに抗おうとも。なんか私たち二人の間には、そういう悲しさがうっすらと漂っていて、たまに頬を掠めていく。
名前
子供の時の記憶って、自分より50ももっと歳の離れた人が、自分の名前呼んで世話してくれて、本当に幸せだよなぁ、育ててもらうって、なんて幸せなんだろう。
私の名前、なんてかわいいんだろう。大切にしなきゃな。私は自分の名前がわからなかった。苗字も下の名前も、全然しっくりきてなかった。ただの呼称だと思ってた。でも23年この名前で生きてきた。これは親からもらった名前なんだなぁ。
親のこととか
なんか母親が最近本当に厳しいらしい。これから先毎日電話しようかな。あと何回声聴けるのかな。なんで会えないんだろうな。なんでなんだろうな。
なんかな、なんか。
親が のが本当に、なんか、私はどうやって消化したらいいんだろう。どうやったら受け止められるんだろう。残り少ない年月で私は何をしてあげられるんだろう、今年はたぶん越せないんじゃないかとも思う。私は今まで何ができたんだろう。分かんないことだらけだなぁ。
こんなんだったら教職取って地元で教員しながら家族の世話した方がいいのかな、分かんないな、絵描けるのかな。
人の消失、喪失は、大きなテーマだよ、失うからこそ美しいなんて、よく制作で言えるよな、本当かよ、失うからこそ私と母親との記憶は美しいのかな、こんな時美しいなんてどうだっていいよ、失ったら何も言えないよ、感謝も何も。大切だってことも、今までここまで育ててくれてありがとうってことすら。
もうわけわかんないな、なんで手を握ってしっかり目を見てそんなことが言えないんだろう。どんな手の質感なのか、髪の質感なのか、肌は、シワは、声色は、ずっとわかんないままだよ。去年、帰っておいでって言われた時に帰ってればよかったよ、本当に。2年前にハグしたのが最後になるの?なんでなんだ。
早くワクチン打たせて。早く当たり前に会えるようになって。
子供はいつか、親を許さないといけない。
何事もうまくいきますように。
忘れないよ、何事も。
じいちゃんに会いたいなぁ。お喋りなばあちゃんと比べて、全然話さないじいちゃん。ず〜っと煙草吸ってた、部屋が黄色くなるくらい。私が描いた絵、コピーして飾ってくれてた。ばあちゃんはうちの犬の名前間違ったりするけどじいちゃんはどうだったけ。おじいちゃんおばあちゃんが私の名前呼ぶの、好きだったなぁ。20mくらいの近くに住んでたのになんか最後は全然会わなかったなぁ。
お母さん、器用だったな。消しゴムハンコ作ったり、誕生日の時はポケモンの絵をチョコで描いてくれたな。プリンとか、ピカチュウとか、描いてくれた。後もう一つなんかのキャラがいた気がする。なんだったっけ。ピンク色のプリンはいちごチョコ。わざわざ調べてくれたのかなぁ、私の名前つけてくれたのも、親なんだなぁ。
こんな可愛い名前つけてくれて、ありがとう。
布団を干した
鮮烈さを失った私の文章は、5月上旬の午後に混じって消えた。
今日の朝はクリームシチューを皿に盛って、あっためた後に布団に落とした。いい加減寝具を洗いなさいと言われた気がして、布団カバーと毛布を洗った。
13:04 ベランダにでて、目の前の道路を見下ろす。自販機を見つけてそこに立ち止まる人を眺める。ここは3階なのに手すりを歩くありんこ。見渡す限りの近隣の家々には、一人も人が住んでいないように思えた。ただ屋根や壁面が日差しを優しくはね返し、丸く安静にしている。そんなことが春だと思えた。
日陰にいる限り、日焼けなんてしない気がする。今日聞いた歌は、冬が終わるのを惜しんでいた。ここはもう初夏だともいうのに。
生きやすさと感覚の洗練さは両立しないのだろうか。いつか、ありたいようになれるのだろうか。
不完全な自己を憂てしまう、そんな1ヶ月前が終わって、完全なわけがないだろうと笑ってしまう春がきた。
この淡いベージュのパーカーと、変な柄のジグザグしたパンツ。ベランダで風を浴びるこんな日々が好きだ。